この、立派な行動への逆恨み的攻撃精神は、人類学者のデヴィッド・グレーバーが『ブルシット・ジョブ』の中で「道徳羨望 moral envy」と名付けた心情です。自分の抑鬱を晴らそうとして、社会の抑圧性をよりひどくする、自滅の道なのですが。
このような道徳羨望的精神の瀰漫は、社会のために何かためになる活動を妨害し、社会改良の可能性を潰してしまいます。それは社会の発展を阻害するのみならず、現状のシステム維持(それだって常に批判して改善しないといけません)すら困難にし、社会を崩壊へと導くものです。
暇空が思い上がって出馬までしたのは、暇空を思い上がらせた連中の存在が大きいでしょう。リスクすら負わない彼らもまた同罪というべきです。今でも暇空でツイッターを検索すれば、暇空を礼賛する徒輩はいくらでも目につきます。眼前の事実で説得することができない、どうしようもない連中です。