しかし、私が本書を読んでいちばん驚愕したのは、もう一方の、サディズムと戦後民主主義の両立を説いた『奇譚クラブ』常連寄稿者の吾妻新という人物が、女性史や服装史の分野で大きな業績を残した在野の著述家・村上信彦の別ペンネームだということでした。
私自身、村上信彦の服装史や女性史の本は何冊か読んでおり、「作家の村上」といえば龍よりも春樹よりも信彦が先に来るくらいでしたので、これには驚きました。そんな趣味があったとは。村上の業績は日本のフェミニズムの学問研究に先行し、今日でも高く評価されています。
そのような戦後民主主義者でフェミニズムの先駆けでもあった村上がサディズムを論じるのですから、相手に対する配慮が重要視され、これは近年話題となっている「性的合意」をめぐる論点の先駆者といえます。自分の性的嗜好を、今風に言えばサステナブルとするために、村上は理論を構築したのです。