私の認識ですが、日本のネット言論で言われる「反日教育」と在日中国人らが訳語として用いる「反日教育」は彼らそれぞれの知識背景から自ずから異なり、前者は日本側の差別感情が含まれた恣意的な言葉であるので言葉としての価値は低く有害でもあるのだけれども、後者は中国の批判言論で「仇恨教育」と呼ばれるもので、この内実は愛国(愛党・毛沢東・習近平)教育と民族主義教育であるとされるようです。
これは時代や地域、学校ごとに実施の程度は異なるそうですが、存在を否定することは嘘になります。
「仇恨教育」に関しては日本の良心的市民が日本の公教育や政府方針における愛国主義の勃興を批判するのと同様に、中国市民の中でも批判のあるもので、これは「国家そのものの問題」として日本の反国粋主義・反差別の側に立つ市民もある程度理解する価値はあるように思います。
しかし日本語の訳語が「反日教育」であると峻別は難しい。
中国政府への批評的意見を持つ中国市民はもちろん日本政府や日本社会の問題も認識しており、日本の右翼と合流することを好しとする方々ばかりではない。
これはもう訳語の問題です。変えた方がいいと思うな。