ここのところ、露悪的であることを、リアリストであると捉えているのではないか?と思うことが続いている。
それぞれ独立概念なんだけど。
でもここを感情的に繋げて、トランプ的な「理想ばかり言ってるやつをねじ伏せる力」に与して行くことには一種の快感があるのではないか。
ここのところ、露悪的であることを、リアリストであると捉えているのではないか?と思うことが続いている。
それぞれ独立概念なんだけど。
でもここを感情的に繋げて、トランプ的な「理想ばかり言ってるやつをねじ伏せる力」に与して行くことには一種の快感があるのではないか。
店番してると、人懐こいミツバチが来るので今朝は砂糖水をあげてみた。
手の上で砂糖水を舐めてるので、こっちにたくさんあるよ〜と器へ近づけたら水没。ベタベタで大変だったらしく、近づかなくなっちゃった。遠巻きに見られている…
ごめんよ…
賢いな、ミツバチ。
最近思うこと
怒るのには才能もいる。
酷いことが起きた時、瞬時に悲しくなってしまう。
自分のことじゃなくても。
怒らないと伝わらないし、怒ることで、他の不幸を減らす力になる。とわかっていても、すごい速さで体温が下がって行く。
わたしは今回の選挙で共産党に投票したわけだが、自分を左翼とかリベラルとか思ったことがない。
多分これ、怒れないからなんだと気付いた。左翼は怒っている人、ってわたしも思ってたわけだ。
怒るの大事だと思う。
うらやましくも思う。
サトマキさんが前に、理不尽なことで怪我をさせられた先輩のお見舞いに行って、泣くほど怒りを覚えたことがある…というような投稿を、たしかされてたんだけど、すごいなと思ったのよね。
自分なら、サーっと血の気が引いて、家にお持ち帰りして悶々として、10年後くらいに整理がつく…といいな…みたいになるだろう。
やらかした時に現行犯で叱らないと全く伝わらないことはたくさんあって、それは早く言語化してバシッと示せるように訓練していかなければと思う。
けど、向いてなさも日々感じる。
その代わり、大変ねちっこいので、ず〜〜〜っと自分の中に置いて置けるんです。
なので、そちら方向から自分にもできることがないかなぁと、日々。
5月から一緒に暮らしてきたけど、ようやく甘えてくれるようになったうさぎ。
鳴いたりしないので、いまいち気持ちが分からなくていじくり回すのは憚られてたのですが、いちゃいちゃできるようになりました。
グググって言いながら付きまとうの可愛い…
そして踏みそう…
夫と付き合い始めた頃、「投票したことない」と言うので夫の投票所まで一緒に行って説明したわ、そういえば。
「投票行かないの?」
「え〜分かんないし」
だったな。確かに。
そういえば、自分も親と投票に行ったのが最初だったわ。
政治への意識以前に、当たり前の所作としてどこかで受け継ぐタイミングが必要なのかも。
昨日、自民党本部に火炎瓶投げた犯、立候補したくてできなくて、って記事を呼んであれ?と思ったのですが、この人も立候補しようとしてたね↓
黙秘、動機は謎のまま 岸田首相襲撃の被告、敗訴と爆弾製造の関係は
https://www.asahi.com/articles/ASR964VTWR94PTIL005.html
ていうか、大規模農業が経済的にうまく回らない社会になって来ているので、今後、家族農規模で使っていた道具はむしろ利用価値が高いと思う。
現役復帰するのが良いと思うよー
民俗資料、市民生活が急激に変わったのだから、状態の良いものが結構残っていたりするのよね…
全て大事な資料には変わりないのだけど、収蔵し切れないのが現実だよな。
除籍をオープンにして、批判も受け止め、問題提起にしていく姿勢は素晴らしいと思う。
「やらざるをえなかったのです。大事じゃないものなどひとつもなかった。しかし、将来に残すべきものを残していくためには、たとえ批判されるとしても、筋道をたてて町の考えを丁寧に説明するしかないと覚悟をしました。各方面に相談しつつ2年がかりで熟慮を重ね、段階を踏んでお別れ展示にこぎつけたのです。決して軽い気持ちでやったわけではありません」
有料記事がプレゼントされました! 10月9日 12:55まで全文お読みいただけます。
民俗資料を処分した町、呼んだ波紋 「誰かがやらねば大変なことに」:朝日新聞デジタル
https://digital.asahi.com/articles/ASS9Y2QJRS9YUPQJ00PM.html?ptoken=01J9N485H8RPHR565YGM1NDA3E
わたしのクレイジーなお仕事を見てくれ〜
半乾きネオ・マスカット。あと1日乾かしたら出来上がり。
昨晩、干し葡萄の種取り第一弾を終えました。
なぜこの世にネオ・マスカットの干し葡萄が売られていないのか、よ〜〜く分かる。手間がかかりすぎて採算合うわけない。
身を持ってよ〜く分かるのに、「美味しい」とか言って毎年作ってしまう自分は多分、他の人よりこういう作業が苦しくないのだと思う。
一発頑張れば、保存食なので長持ちなのも好きポイント。たとえ売れなくても、賞味期限が切れたら自分で心置きなく食べられる。
ただ、とても眠いだけ…
三輪車逆さにして、ペダル回して、石落して…遊んでた…!蘇る記憶。
この遊びに名前があったかは思い出せないけど…
BT>
伸びた雑草を二束引き寄せて結んで、「罠!」って呼んで自分で引っかかりに行く遊びも同時に思い出した。
子供と観れるんですよ。虎つば。
もうちょっとこう描いて欲しい、深めて欲しいという意見もあって、わたしも、深く描き切れず「見本市」状態になっているのではと感じはする。
性的マイノリティコミュニティに寅子達が混ざって話すシーンとか、そんな一言で済ます?と感じたし、「家族のようなもの」で夫のようなものになった航一が抱えていた心の傷や家族の軋轢も、あっという間に解決済みになっていて腑に落ちない。百合の痴呆も、激昂したりしない穏やかなものだし、赤子も子供も良い子。
どいつもこいつも髪振り乱して何年も対応しなきゃならない問題にならず、結局寅子は適度にお金持ち…。
TVドラマを観る習慣がないので、ドラマってこんなもんなのだろう映画みたいに視聴者を長時間物語に釘付けて居られないしね、わたしが慣れないだけだ…と思いながら、子供と観れて、自然に話題にできることはものすごいありがたいのよね。
拒絶されない程度の社会問題見本市でもいい。朝ドラでたくさんの人に見てもらって、「ほら、あの登場人物がこんなこと言ってたでしょう」と話しやすくなるのはとてもいいことだな〜と思うのですよね。
見本市ゆえ、解決の糸口を作るのがぎゅっと濃縮された決めゼリフだったり、象徴的なシーンだったりするのも、ドラマの魅力なんだろうな。
なにしとん?
QT: https://boteden.com/@kyoto_np/113123262999452877 [参照]
岩の休憩所、建築物ではないので、建築基準法にはかからないんだろう。構造計算はするだろうけど、予測するモーメント次第で計算結果も変わるでしょ?何を計算に含めるかは人間が決めるんだから、想定しなきゃ反映されない。
怖いと感じたら、不完全な科学を盲信しないで、近づかないのが賢明だろうね…
「休憩所」って銘打つのやめてほしい。やるなら「スリル満点ドキドキオブジェ💓」とかどうかね…
エゴマの葉っぱ、ウマウマ漬けしました。
ウマウマになれ。
むかーし工務店で注文住宅を設計してたとき、洗面台の高さで悩んだことあったな…
洗面台が身長に対して高すぎると、水を掬った手から肘に水が伝って床にこぼれる。
低すぎると腰が痛い。
キッチンシンクの高さもそうだけど。
家族内の身長差もあるので、難しい。
お客さんと話した結果、高いぶんには踏み台を使えばよいということで、基準よりも高くした。
踏み台はチャイルドシートと同じ対応だね。
シートベルトについても、難しいのは分かる。
しかし少しは作る側が悩んでほしいなぁ。取り付け位置、形状、できることまだあるだろう。
ルールのほうも、シートベルトの安全性と快適さを求めてほしい。
人のための道具だろ。
おじさん詰め合わせ発言について。
「クサイ」が侮蔑なのは分かる。
「おばさん」は侮蔑的に受け取られてる。
「おじさん」もそう感じるの?
「おじいさん、おばあさん」は?
弱者男性という言い方もあるけど、総裁選に立候補する男性は、「おじさんと言われると辛い…」と思うのかな。
怒ってる人は、誰で、何を怒ってるんだろうな。
昨晩、トンボが鼻にとまったんですよ。(自慢)
月にスピカが隠れました〜
月がスピカ触するよ〜
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