親父はアルザス語の研究者だったので参考資料としてこれを持ってたんだと思うんだけど、日本でもこれが「愛国小説」として読まれてたのかと思うと、暗澹とした気分になる。朝鮮・韓国の学校で日本語を教えてた人がこれ読んで自分と重ねてたりしたんだろうなあ…