同時にそれは、若さゆえの無力さと真摯さいう一点で全てを並列にする力技によったモノでもあり(その無力さを助けるのが魔法なのはYAの王道だけど)、大人への赦し(それは奇跡を通して行われる)と裏腹にある大人世代への徹底的な絶望と罪悪感によって成り立っている物語でもあり、その徹底した絶望は社会や大人の変化を期待しないことによって、全てを免責するものとして立ち現れる。
そこではもはや先から受け継がざるを得ないもの=呪いは諦めと共に背負わされ、諦めと共にその存在が許容される。その中で赦しは諦めとして立ち現れていた。
魔女たちの、魔女にされたものたちの怒りは、行き場なく彷徨い、それゆえに自ら魔女になったものによる奇跡が和解に要請される。
そしてそこではキャリバーンは魔女の奇跡を助ける都合のいい機械となる。
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近藤銀河 (spiralginga@fedibird.com)'s status on Monday, 03-Jul-2023 20:53:08 JST近藤銀河