前者は査読者に価値が委ねられ、後者の場合は価値をより広いコミュニティが決定する。科学者の多くは、密室における査読者の権力主義的・非良心的な態度を多かれ少なかれ経験して辟易しており、後者のより自由な公開のあり方こそが間違いが多くても結果として正しい科学的成果を世界に残す、と考える。とはいえ、実際上必要になるのは、査読者と同じような作業を多人数が常に行うことであるが、実際にやってみたらこれは結構難しいのでは、という意見も最近では増えている。みな、そんなにヒマではないし、見返りの見通しもない。科学的成果をテキストと図で眺めることが大好きな、全人類に比べればごく少数である特殊な集団においてもかくなる状況である。