そう、猫はあちらから来るのです。
かつて一匹だけ、一緒に生活したことがある。
商売に失敗して倒産した父と、学業に失敗して大学を中退した放蕩息子(私だ、私)と、面倒臭い父子に文句を言わずに従う辛抱強い母が、故郷の町を出て、六甲山の裏手の街に住み、リサイクル・ショップで生計を立てていたときだったから、おおかた50年前だ。仔猫が冷蔵庫やスチール・デスクや整理箪笥が並ぶ薄暗い店に入り込んで、見えない所でニャアニャア泣いていた。キャット・フードを買ってきて置くと、少し食べて、また隅っこに隠れた。何度か同じ事を繰り返した後、彼女(雌だった)は私を保護者であると認めたのか、私が腕に抱きかかえることを許したので、家に連れて帰った。
尻尾の先が骨折して曲っていた。何か怖い目にあったのだろう。
コンマと名付けた。
昼間はよく外出していて、夕方になると、とんとんぱたぱたと軽やかな足音を響かせて帰宅した。父が玄関の戸に猫用の小さな潜り戸を付けていた。父も母も私も、猫可愛がりはせず、一緒に食事をするぐらいの生活だった。夜はパソコンに熱中する私の膝元で眠るのを好んだ。