"普通の日本人"の声をあげるマイノリティへの憎しみ、ってなんかこう、徹底したものがあるよなとずっと思っていて。
なんとなれば、嫉妬とか羨望に近いものがあるよなと。
それは、自分たちが我慢する事を教育され飼いならされてきたからなのではないかな、と前々から思っていて。
(一等市民の)俺はこんなに我慢してるのに、もっと我慢するべき(2等3等市民の)あいつらはなぜあんなに声高に声をあげるんだ、と。
この歪んだ考えがコンセンサスにまでなっているから、同情すべき"可哀想なマイノリティ"像というエクスキューズがないとその嫉妬を全面に出してもいいと思ってんだろうなと。
結局は、すべての人間に平等に尊重されるべき権利、という考えが理解できてないんだろうなと。
だから基本的人権が"おもいやり"とかに換骨奪胎されても気づかないんだろうと。
すべては教育の結果と理解しますが、邪悪か邪悪じゃないかと問われれば、フツーに邪悪な人々だと答えるしかないですね。