これはまだマシな方で、「バリアフリー」に対して「"バリアアリー"がトレッキングにはいい」などと聞くと、マイノリティのための言葉が収奪されているなと感じる。
「どこにも手すりがあって、段差がない場所は、障害者や高齢者が自らがんばって、身体を回復させようとする意欲を奪ってしまうという考え方」という「バリアアリー」は、少なくとも、健常者に近い者たちの価値観だと思う。「自立しろ。努力して健常者に合わせろ」という発想。
なぜ、障害者ばかりに「意欲」なるものを求めるのか。健常者は「意欲」など持ち合わせなくても支障なく暮らせるのに。
こういう言葉はすぐに世俗化して、「合理的配慮/調節」の妨げになるだろう。