人との会話って例えば(i)地点Aから地点Bまで水を流すための用水路のように目的に応じて流れを整える必要のある場合と、あと(ii)野山を流れる川みたいに勾配や湾曲ある地形や突然ドーンと邪魔する岩やらなにやらにぶつかりながら下流に向かって流れを変えてていく場合というのがあるんじゃないかって話に、さっき妻と食事しながらなった。
妻が(i)のモードで話したがる傾向が強いのに対し、こちらが(ii)のモードである場合が多く、それで不要なアーギュメントが起きているのではないかという、反省込の仮説。
僕の場合ずっと酒場を生息地として来てしまったから(ii)の傾向が大きいのか、それともそもそもが(ii)に馴染む性質だから酒場みたいな場所が生息地になり易かったのか、という問いも生まれた。
仮に(i)を解決型(ソリューション型)、(ii)を自然型(ナチュラル型)ということにして、やべー仕事々々と気付いて物別れとなった。()内の英語っぽいのは不要だったかも。