第4章の最後。146-147頁で「認知バブルに陥らないために」という節。ここまでフィルターバブルやエコーチェンバーについて説明され、それらがネット空間でなくても以前からあったこと、それでもネット空間の特性や固有の問題があることが説明されてきて、これらに伴う問題を「認知バブル」と呼ぶ。
で、何か解決策とか答えがあるのかと思いきや、お決まりの〈徳〉の話。ここでは「知的に公平な心(intellectual fair-mindedness)」が提示される。第3章もけっきょく「知的な謙虚さ」という徳の話だったんだよね。私も知的な謙虚さを重視する立場ではあるけど、それを徳という文脈の中では捉えたくないし、捉えてもいないのよね。
結局最後は〈徳〉頼みになるところが、個人的にはいまいちかなあと。
第4章はここまで。
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