平田 奴隷制の具体的な暴力の場面は、これまでも映像(化)などを通して、あるいは歴史書でも描かれてきたと思いますが、メイヤスーの定義を通して「奴隷制」を見たとき、「再生産を認めない」という考え方がすごく圧倒的な力を持っていますよね。これは「脱人間化」、「脱市民化」、「脱性化」という3つを貫く考え方だと思います。
普通の社会であれば、親が子供に(あるいは逆もしかりですが)、なにか自分が生産したものを与えるのが普通です。それは、あらゆる社会で見られる行為です。しかし、奴隷にはそれを認めない。生産物すべてを収奪するのだ、と。その部分は、インパクトがありますよね。再生産の領域を壊すことが、奴隷を供給している地域や国の文化、社会を壊すポイントとしても目指されているところが圧倒的に怖いところです。(引用)
SRHRの問題もまさにこれだと思うのだけど、日本もアメリカもこれを自国内に向けて発しているわけで(マジョリティ男性の家父長制を維持するための再生産以外での女性のあり方やその他のジェンダーの存在を認めない)、そういうお前らが一番非生産的だと思うよな。
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