ドイツでは「ナチスを繰り返さない」という絶対的な価値がガザ、イーロン・マスク等々で破綻をきたし、それによる言葉と論理の喪失が著しい一方で、日本では「テレビ」という絶対的な価値の崩壊が著しい。斎藤兵庫県知事をめぐるあれこれしかり、松本・中居・フジテレビしかり。振り返ると、伊藤詩織さんのときからもう始まってたんだわな。でもこれもなにか、100年後には、統一教会ー安倍晋三自民党ーネポティズムー中抜き経済の砂上楼閣化、というカタマリと、まとめて眺める言葉ができているのではないか。その間に、それを言語化する優秀な政治学者あるいは哲学者あるいは歴史家が登場するわけであるが、それは楽しみだなー。