話は全然違うが、わたしの応援していたサッカークラブは、
ゴール裏は結構厳しい声を出す。応援・叱咤で。ただプレーへの批判は的外れなものはあまり無かったような感覚はあるが。
で、それを好く思わないサポーターというのが存在していて、その人たちはメインスタンドやバックスタンドに棲息している。
で、バックスタンドにはゴール裏なんか目じゃないほどの罵詈雑言を選手の一挙手一投足を見て放つ一匹狼的人物が複数いたりもする。彼らは彼女らはとにかく悪態をついているような印象はあった。
一番人数的多いのはメインやバックで(特にメインだが)とにかくなにがあっても応援する人達で、彼ら彼女らはゴール裏の厳しい姿勢も嫌うしバックの罵詈雑言も嫌悪するが、バックの罵詈雑言の個人には取り付く島が無くゴール裏は組織になっているとこがあるので苦情申し立てがしやすく批判対象にしやすくなっている。
そんな感じの棲息地によって行動様式が違っているとこはあったように思う。
飲食店とお客さんという関係で、各棲息地のサポーターと色々交流させてもらったが、それぞれのそれぞれに対する近親憎悪的な感覚は結構感じるとこはあった。
なので、店があった頃はそれぞれの棲息地を横断して顔を合わせて交流出来るような催しを一時期開催したりしていた。
そんな事をやっていたのであるが、その根底には「まあまあ、結局みんな応援してんだからある意味仲間、表現方法の違いでしょ」みたいな感覚はあった。
だがある時気が付いてしまった。
彼らの多くには「差別主義を隠さない人物も応援してるなから仲間だが、外国籍者は応援していようがなんだろうが仲間ではない」「変な異議申し立てをするなら来るな」みたいな感覚がある事を。
なのでわたしがサッカーから離れたのは「ついていけない」と思った事ではあるのだが、どちらかといえば応援や野次などに関する話ではなく「この俺を切り捨てた奴らなんかとともに歩けるか」というとこでの「ついていけない」ではある。