明後日の資料制作のために修論を読み直しているが、途中で風呂敷を広げてわけわからんこと言い出し始めることを除けばいまと大差ない思考の軸のようなものが完成されており、私はやはりユートピア/ディストピアという存在に引っ張られながら生きているのだと再認識。