イスラエル兵自身が実名で投稿した数々の民間人への攻撃やハラスメント動画や写真が拡散され、またイスラエル国内のテレビやラジオで平然と垂れ流される言葉使いを聴いて真っ先に感じたのは、「邪悪さのノーマライゼーション」だった。
昔アーレントが官僚的に粛々と実行される虐殺を「悪の陳腐さ、凡庸さ」と言ったけれど、それどころではない露悪的な行動が集団的にされているわけで、もうなんと捉えたら良いのだろう。
女子供を含む市民をスナイパーが狙撃すること、空き家になった家に押し入り、女性の下着を身に着けてセルフィーを撮る、さらに捉えてイスラエル国内に連れてきた男性たちを「脱衣させ縛って目隠しして犬にレイプさせる」事実まで出て、ここまで堕ちる事が可能なのかと絶望する。
そしてこんな腐った国と国民に英米が巨額の軍事支援を続けているのは、それを続けなければ国家として維持不可能な場所にあるという認識なんだろう。
そうなのだとすれば、十字軍以上に愚かな持続不可能だった植民の歴史として、いつか振り返って記録される時が来るに違いない。