①
まず最初に断っておくことがある。
この話の大部分、特に前半は伝聞情報だ。表現が曖昧で、不正確な部分もあると思うので了承してほしい。
だけど、日付に関しては正確だ。
202X年4月5日。あの子の誕生日で、そして記憶に残らざるを得ない日だった。
『続いてのニュースです。当時9歳の彩澄しゅおちゃんが行方不明になってから今日で丁度1年となりました。しゅおちゃんの家族が今日、●●駅前で情報提供を呼び掛けるビラを配っており――』
彩澄しゅおの誕生日。
そして彼女が失踪して1年。
テレビ画面には、彼女の姉だという女の子が涙を流しながら必死に最愛の妹を捜す様子が悪趣味に映し出されていた。
自分はこの事件に関わったことがある。
警察官として、かなり本格的に行動した。
意外と思われるかもしれないが、失踪者の捜索、特に子供の失踪というのは警察は本気で動く。
本気で動いた結果、見つからないこともある話なだけだ。
「兄貴、ちょっと出かけてくるわ。留守番よろ」
「おう。また隣町か?」
「まぁね」
今回の主役、あるいは視点となるのはこの弟だ。
私はこの日、事件が起きるまで家から動かなかった。
弟は週に1度、山を越えた先にある隣町にある店に行く。どんな店なのか、についてはこの話には関係ないので省かせてもらおう。
バスも満足に通らないこの田舎町では、車は生活必需品だ。この日も弟は自分の軽自動車で隣町へ向かった。
車が集落を抜け、鬱蒼とした森の中にある山道に入った時、弟はそれに出会ったらしい。
「女の子…?」
ちなみに時刻は平日昼の13時頃。
概ね10歳前後の女の子と、なにもない山道で出会ったそうだ。
「あっ……」
女の子も車に気づいた。車を避けるために脇に寄るが、そもそもの話この時間にこんな場所に女の子がいるのがおかしい。
「お嬢ちゃん、なんでこんなところに――」
と、弟が言った瞬間、
「ひっ……きゃああああああ!!」
女の子は弟の顔を見るや否や叫び、手に持っていた防犯ブザーの紐を思い切り抜いた。
私は聞こえなかったが、山の中で防犯ブザーの音が響き渡ったらしい。
「ちょっと、落ち着いて!変なことしないから!!」
そんなことを言う奴はだいたい変なことをする連中だが、女の子はそれで納得したのか、防犯ブザーの音を消してなんとか落ち着きを取り戻してくれたらしい。
「はぁ…はぁ……すみません。ちょっと驚いちゃって」
「えっと、いったいどうして……」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっとあなたが変態さんに似ていたので」
「へ、変態……」
弟はいたく傷ついただろう。
私が言うのもなんだが、弟はいたって善良な人間だ。
それを、この平日の昼間から何もない山道を歩いている女の子を心配して声をかけただけで変態扱いはこたえるだろう。
「それで、こんなところで何してるのさ」
「歩いてます」
「それは見ればわかるけど……でも、ここ何もないし。隣町へは結構遠いよ?どこに行こうとしてるの?」
「それは――おっと、知らない人に行き先を教えてはいけないってお姉ちゃんが言ってました!お兄さんには教えません!」
「うん、いい教育を受けてるみたいだね」
しかしながら、こんなところで一人歩いている女の子を見逃すことは出来るほど、弟は変人でもないのである。
「お嬢ちゃん、名前は?」
私たちが住む集落も、隣町も小さな田舎町だ。名前を聞けば、誰の家の子供なのかピンと来るだろうと思っての質問。
だったのだが、この質問をしたとき再び防犯ブザーが鳴った。
それをなだめるのに、弟はまた苦労をしたことだろう。
「すみません、お姉ちゃんに『知らない人には名前を教えちゃいけない』って言われてて……」
「うん、いいお姉さんだね」
「でしょ?自慢のお姉ちゃんです!」
「そっか…でも、お嬢ちゃんをこのまま見逃すのはなぁ…。車で一緒に山を越える、っていうのは……」
女の子は防犯ブザーに再び手を伸ばした。弟は前言をすぐに撤回したため、今度は鳴らなかった。
「知らない人の車には乗らない、と教わったみたいだね」
「知らない人にはついていっちゃダメ、とも教わりました!」
鼻をふんふん鳴らして大変かわいらしい様子だった。
弟はそこで、発想を変えた。
「じゃあ、こうしよう。お兄さんが君についていくよ。危険なことがあったら大変だから」
「むん?」
「それともお姉さんからダメ、と教わったかな?」
「えーっと、それは教わってない……かなぁ?」
女の子は首を傾げて暫く考えた。
時間にしてそれほど長くないあと、女の子は
「わかりました。お兄さん、信用できそうですので。でもこっそりついていってください。お姉ちゃんにバレたら大変そうなので」
「心得た」
弟は車を路肩に止めた。
そして女の子の後ろを、10メートルほどあけてついていったそうだ。
それほど間が空いていたため、道中で会話はなかったそうだ。
しかしものも数分で、女の子は目的地に到着した。
10歳くらいの女の子が歩く10分だ。車でいけば、1分もかからないかもしれない距離。
「ここは……?」
そこは何もない山道の途中。当然、何もない。
――いや、正確に言えば、かつて地元の造園業者が産業廃棄物の不法投棄場所にしていた平たい土地がある。警察がその業者を取り締まり、業者が廃業した後は放置されていた場所だ。
「……あの、お嬢ちゃん? いったいここに何の用があるんだ?」
「ここが目的地です。私たちの」
「私『たち』」
「はい。……どうやら本当に、何も知らないんですね。お兄さんは似てるだけの他人だったかぁ……」
「いったい何を……」
弟はそう言って、女の子を見ようとしたときには既にその姿はなかった。
だがその代わり、耳をつんざくような激しい音――それは先程まで女の子が頻繁に鳴らしていた防犯ブザーの音が聞こえた。
自分の下から。
より正確に言えば、自分の足元から。
弟はしゃがみ込み、土を軽く掘り返す。
そこにあったのは見たことのある防犯ブザー。そして、その防犯ブザーに書かれていた名前を見て、弟は彼女の名前を知る。
『彩澄しゅお』
弟はそれ以上、土を掘る勇気がなかった。
↓返信に続く
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悪一:smoking_tobari:本も書いてる (waru_ichi@voskey.icalo.net)'s status on Saturday, 06-Apr-2024 02:47:17 JST 悪一:smoking_tobari:本も書いてる