浅田彰はこの島には早過ぎたんだ🏝️
というかむしろ彼は、全く違う軌道の天体だったような感じもする。
フランスの68年前後の思想や、実存主義〜現象学から構造主義→ポスト構造主義に関しては、本邦ではわりと早くから翻訳も試みられていたし、実際にドゥルーズやデリダの門下で高弟になった研究者もいるし、文献や研究の蓄積も結構多いはずだし、表象文化論も一時隆盛して、それ自体は間違いなく一つの達成であると思う。
しかしながら、結局ポストモダン界隈の顔役が東浩紀に収斂してしまったことが本当に不幸だと思うし、結局この島は、思想が反権威・反資本・反ネオリベのプラットフォームたり得ない、とても根深い通俗道徳に汚染された風土であることをまざまざと見せつけられる。
フーコーやガタリなんかはガチのアクティビストでもあったわけだし、学生のときにフーコー・ドゥルーズ・デリダの三巨頭を齧った身としては、とても肩身が狭く切歯扼腕する思いであります。