相馬広域消防の方からは、事故直後にいちど直接お話を伺ったことがあります。
彼らは職務にあたって守秘義務があるので、個人的な雑談のなかで聞いた話ですが、遺体捜索現場にふれたときに、込み上げてくる吐き気を抑えていました。
さらに過酷だったが放射能汚染で、飯舘村はプルームが流れてきたため、線量がかなり高く、消防の人たちは、電子型の個人線量計を配布されてもたされていました。
その線量計の数値は、本部には報告されるものの、装着している本人には、まったく説明がなかったとのことで、記録さえもらえなかったので、私のあった方は、自分のメモ帳に個人的にメモを毎日とっていました。
非番の日を除いて、几帳面な文字で記録してある数字を私に不安そうな表情で見せてくれたことを思い出します。
少し状況が落ち着いてからは、メンタルケアの呼びかけもあったそうですが、通り一遍の呼びかけだし、仮に不安があってもそんなのに本当のことは喋らない、と言っていました。
10年以上前の話ですが、その後の対応はきちんとなされたのだろうか、とずっと気になっています。
線量計の数値は、飯舘村の場合は、私が住んでいたいわきとは桁が明らかに違い、まともな説明もなしに放置されれば、誰だって不安に思ってあたりまえだと思いました。