「現イスラエルのパレスチナに対する所業と大日本帝国の所業は同じような臭いを感じる部分はあると思う。それもかなり強く臭っている。占領政策という部分で。ただ、軍や入植者の残虐性・暴虐性・鬼畜さという点においてはそれぞれに、別個に、違いがある。」みたいな感じに思ってきた。
なので現イスラエルと大日本帝国には「類似性」を見る事は出来るが、あくまでも「似ている」であって、「同じ」と言うまでにはいかない。「同じ」というような言葉を使用する事には違和感を覚える。という風に考えていたのだけど、だんだんとその根拠としているところが無くなってきたように思える。
まあいまでも「同じ」と言うつもはなく、「似ている」「同じような臭いがする」と言うつもりではあるけど。