SNSには数字やマーケットとは別に「個人の物語」があるはずだとおもっていて、もちろん自分にもあります。この物語ももちろん背景の数字で表される世界と無縁ではないけれど、やはり一から十までおなじ世界ではない。
イーロンマスクの打撃は、大きな世界ではペケ時代の非常に出来事だったけれど、自分の中のペケ物語はやはり2011年の東日本大震災だったと思います。あの前後で自分のSNSの使い方は変わったし、SNS世界へのイメージも変わった。
自分の「ツイッター軟式革命」はまさに2011年より前の世界を書いていて、今読むと自分ながらもう。。読めたものではないわけです。(もちろんどんな文章も時代から自由なものなんてない)
自分に残っているのは2011年より後の今に至る時代のことを残された時間の中で、何か残したいなあと思っているわけです。変遷の中で簡単に赤面するようなものにはしたくないな。とか考えると難しくなるしできるかどうかわからないけど。
もちろん蒼象はその中の、2011年以後のSNS世界の中で生まれた、自分にとってはとても大事なもののひとつです。