>仮に本人が自分で幸せを感じて満足しているとしても、客観的にみればひどい状態に置かれていることがある。この点は、ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センが、経済学における「効用(Utility)」概念を批判する議論にみてとれる。センは次のように述べる。
>極端な苦難と欠乏の中にあると、人はいつまでも悲しんだり文句を言ったりしないし、状況が劇的に改善するのを望むことすらしなくなる。生きていくうえでは、改善しそうもない困難にはうまく折り合いをつけるほうがずっとよいし、ちょっとした気休めを楽しみ、実現しそうもないことは最初から望まないほうがよい。そういう状態にある人間は、たしかにひどく剥奪され狭い生活に閉じ込められているのだが、どの程度欲求が満たされているかという観点、あるいは快楽と苦痛のバランスという観点でみれば、それほど悪い状態ではないかもしれない。たとえ彼/彼女が十分な栄養を取ることも、きちんと衣服を着ることも、最低限の教育を受けることも、住む家すら保障されていなかったとしても、「効用」という概念でみている限りは「剥奪度」はまったく曖昧になってしまう。(Sen 1995 [1992]: p.6 , 拙訳)