擬似著作権(ぎじちょさくけん)とは、主には著作権の領域で、法的根拠がないにもかかわらず、法的権利があるように誤解される権利の俗称。福井健策の提唱した語だが、同様の認識が多くの識者から指摘されている。
概要
著作権は、著作物という一種の情報に対して、その著作者に与えられた独占的な権利である。しかし、著作物ではない情報の囲い込みが行われるという問題があり、それを福井は擬似著作権と呼んでいる。また、福井は、擬似肖像権や擬似商標権もあるため、擬似知的財産権と呼ぶ方が実態に近いともいう。
同様の認識は多くの識者から指摘されている。友利昴は、擬似著作権が発生する原因として、単純な誤解や知識不足、思い込みの他に、今日の社会において著作権の尊重が常識となっているがゆえに、こうした常識を逆手にとって、他人の正当行為に対して敢えて擬似著作権が主張されることもあるとし、エセ著作権と呼んでいる。
稲穂健市は、「知的財産権が関係すると思えないような状況であっても、何らかの知的財産権が存在し、かつそれが及んでいるかのような前提で許諾や金銭のやり取りが行われているように見える」ケースと説明して、これを知財もどきと呼んでいる。
日本映像・音楽ライブラリー協会は擬似権利と呼び、「許諾を得ようとして擬似権利者に連絡し、断る権利もないのに利用を拒否されたり、請求権もないのに使用料の支払を要求されたりする」ケースがあると説明している。
擬似著作権の弊害は、社会がその情報を自由に使えなくなること、制作者や利用者にとって無駄な負担となることであり、もっともな理由があるものも中にはあるが、「言ったもの勝ち」「権利のようにふるまったもの勝ち」というような例が多く見られる。日本人は、クレームを受ける事が悪である、訴訟を起こされたら大変である、という揉め事を避けようとする事なかれ主義により、相手の言い分を飲みやすい傾向があり、これが擬似著作権増加の一因となっている。
具体例
建築物の撮影
建築の著作物については、著作権法第46条の規定により許諾不要が認められているため、建物の撮影や写真の利用は自由となる。しかし、寺社の中には「撮影禁止」の張り紙が貼られていることが多い。また、寺社の写真の利用については、既に著作権の保護期間が明らかに満了している場合であっても…