:smoking_tobari:明日滅亡する世界と夜語トバリ先輩と私
テレビから緊張感のないニュースが淡々と流れる。
全てのテレビ局はAIによる自動放送に切り替わっていて、無感情に明日世界が滅亡することを伝えている。
破局を回避しようもない人類は、せめて最後のひと時はゆっくり過ごそうと決めて、AIに任せられる仕事は全て置き換わった。
「あぁ、そうだ。君、明後日は大学を休みたまえ。予定ができた」
だというのに、夜語トバリ先輩という女性は、万事がこの調子である。
「先輩?TV見てないんですか?明日世界が滅亡するんですよ?明後日なんて存在しないんですよ」
「それがどうした?」
「いや、どうしたもなにも……」
この先輩に限って言えば、明日世界がどうなろうとも関係ないらしい。
とは言え、奇妙な同棲生活をしている私と先輩の仲からしてみれば「最後だから」という理由でルーティンを変えるようなことはしない……。
「いや、だとしてもですよ。もうちょっと、こう、感情的になるもんじゃないですか?」
「たとえば?」
「たとえば、そのー。最後に言い残したことがあるとか」
「ふむ。それならあるぞ。先月、君が風呂上りに食べようとしていたプリンを食べてしまったのは、実は私だ」
「そんなこと知ってますよ。私と先輩しかこの部屋にはいないんですから」
「ふーむ……だとすると、他に思いつかないな」
「えぇ……?」
普段から先輩が正直に物事を言ってくれている、と好意的に解釈すべきなのだろうか。
それともズボラだから、そんな深いことを考えるようなことはしないのだろうか。
たぶん後者だろう。
「そういう君はどうなんだ? 明日が最後の日だというのなら、なんで掃除なんかしてるんだ」
「最後の日は綺麗に迎えたい……ていうか、『なら』ってなんですか」
「よくわからないね。地球が爆散するなら掃除したところで全部が滅茶苦茶なのに」
「私は先輩の考え方がよくわからないですよ」
わからないからこその、トバリ先輩の魅力なのだろうけれど。
……でも、最後くらい掃除しなくていいんじゃないか? と思ったことはある。
けれど結局、今こうして掃除をしている。不思議なことに、明後日のペットボトルのゴミ出し日に合わせて分別作業をしているくらいだ。
「もしかしたら私は、こういうルーティンを繰り返すのが一番の幸せなのかもしれませんね」
「なら、私もそういうことにしておこう」
「そういう便乗解答はさすがに初めて聞きました……」
私がそう言うと、トバリ先輩は珍しく微笑んだ。
明日、世界は滅びる。
けれど私と先輩は、地球最後の夜を語り明かすことはせず、明日に備えて眠りにつく。
明日、朝ご飯は何にしよう。
冷蔵庫のソーセージが消費期限を1日過ぎていたから、はやく食べてしまわないといけない。
コーヒーがそろそろ切れるから、買い出しにもいかないと。
そういえば、明後日は何の予定があるのか聞けなかったな。
面倒ごとじゃなければいいけれど。
全てが無駄になる、そんな予定を立てながら夢に落ちる。
トバリ先輩は今、何を考えているんだろうか。
どんな夢を見ているだろうか。
もしかしたら本当に、私と同じ気持ちなのだろうか。
その答え合わせも、明日先輩に聞いてみよう……。
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悪一:smoking_tobari:本も書いてる (waru_ichi@voskey.icalo.net)'s status on Monday, 06-Nov-2023 23:32:40 JST悪一:smoking_tobari:本も書いてる