西森さんはまた映画について、
「韓国ノワールで好きな作品は、倫理が義理を超えるものが多い」
とも書かれていた。
これに納得しつつ、ふと思い出したのが、文藝の批評特集に斎藤真理子さんが書かれた「翻訳に悩む〈倫理〉という言葉」のことで、韓国の小説や文芸批評が倫理を問うてきたこと、その概念の翻訳の難しさについて書かれていた。
韓国の作品における〈倫理〉は、わたしはキリスト教からきているのだろうと思う。〝誰も見ていなくても神は見ているのだから間違ったことをしてはいけない〟〝個人的利益のためだけに生きてはいけない〟的な。