もう20年近く前になるだろうか?インターネットで誰もが言論の世界へ参加できるようになると、一見すれば集団の中にみんなが互いに意見を投げかけることでコミュニティが活発化し、人々のコミュニケーションが豊かになってくように思えるが、実際はその集団は見せかけで、参加している個々の存在は一方通行な言葉の銃の撃ち合いをしているにすぎず、インタラクティブなコミュニケーションなどまるで成立していないので、結果としてそれぞれの個人は孤独感や疎外感にさいなまれるのだ、というような意見を耳にしたことがある。若かった当時の音芸路線は老害が技術の進歩を否定しているだけだろうと憤りを覚えたものだが、現状のインターネットはまさにその通りのようにも思えなくもないから不思議なものだ。知識人の耳の痛い説教は、それゆえに聞く価値がある。「孤独は山になく、街にある。」という三木清の言葉も合わせて思い出される。