『商店街は~』では、スーパーの章で中内功を取り上げ、消費者が賢く買い物をすることで流通も改革されるのだ、と中内による消費者と流通のいわば緊張関係を描きます。ところが次のコンビニの章では、消費者は面倒だから?定価でコンビニで物を買ってしまいます。これは堕落ではないのか。
『消費者をケアする~』に戻れば、ヒーブが切り開いた女性の活躍やワークライフバランスは、今こそ重要なはずです。しかし1990年代を頂点に日本ヒーブ協議会の会員や賛助企業は大きく減っているのです。これが「女性が社会進出して活躍が当たり前になったから」と解釈するのは、楽観が過ぎましょう。
ヒーブたちが開拓した、企業による商品化された「ケア」に消費者がいわば「甘えて」しまい、それが結果的に企業も女性の活躍も沈滞させているのではないか、ヒーブの会員の減少が「失われた30年」と重なっているのはそういうことではないか、なんてことを思ったりもしました。