鶴見はこの過程で、記号論理学をマスターすると同時に、カルナップ的なプロジェクトから外れていくO.ノイラートなどの「社会主義者」に共感を寄せていきます。
いわば「直観的に」カルナップのプロジェクトの破綻を見抜いた、とも言えるでしょう。
その上で、G.H.ミードを中心とする「プラグマティズム」を研究の中心に据えることになりました(『アメリカ哲学』)。
従って、鶴見はクワインが「経験主義の二つのドグマ」を発表した際には、その理論的「賭金」―カルナップ・プロジェクト及びポパーの科学論の内破―を直ちに理解した、と言えるでしょう。
この対談の中でも、医学者・血液学舎加藤周一とカルナップの「論理実証主義」から出発した鶴見俊輔の二人が、「「科学」は「倫理」を語る言葉ではない」として「科学主義」を批判していることは、たいへんに興味深い。
かつて18世紀カント哲学においては「普遍性」・「客観性」の根拠が問われ、「主観」(「個人」の意識ではない)ー「客観」のシェーマによって、少なくとも「認識」の「普遍妥当性」は確保されたされました。
カント「純粋理性批判」における「純粋悟性」の4つのカテゴリーは、当時の数学と物理学の前提(となるもの)によって構成されています。