私は一時期、学会発表のスライドに音楽をつけるということを始めたことがあって、これは00年代初頭の欧州でとても評判になった。音楽の力で、無味乾燥な科学的成果がたちまちドラマチックになってしまうのである。それは雑誌のインタビュー記事にさえなった。
そのときに気がついたことだが、人間の脳は実にうまくできていて、音楽の雰囲気やリズムと、コンテンツをほぼ自動的に脳内で調整し、シンクロさせて全体を受け取る。音楽を精密にコンテンツと合わせる、という努力はあまり必要ないのである。それを観客が勝手にやって「感動」してしまう。にもかかわらず、「あんなにうまく合わせるなんて!」と、一種の天才扱いになる。
これは、作る側にとっては密かにとてもラクな話なのだが、作用、として考えたときには人間は音楽にとても騙されやすい、ということになる。