昨晩のことだ。「さあ、もう寝よう」と文庫本を枕元に置いて、眼鏡を外してからしばらくの間、天井にぶらさがっている室内灯をぼんやりと眺めていたのだけれど、ふと視線を西側の本棚に向けてハッとした。「あんなものが本棚にあったっけ」ぼんやりと滲むように並んだ本の背表紙に囲まれて、真っ赤な三角形が二つ並んで浮かび上がっている。眼鏡をかけて改めてよく見てみると招き猫の耳の部分だった。わかってみれば大したことはない……筈なのにちょっと心がざわつく。平常時の視力ではその顔ばかりが目に入りなんら意識することはない招き猫の耳が、照明を落とした薄暗い寝室にあって近視・乱視・老視の眼にはやたらと目立って見えた。試しに照明をつけてみるとやはり目立たない。招き猫の改まった表情と、抱えた千万両の方がやっぱり目立っている。この招き猫は、この部屋にもう数十年は居ついているのだけれど、こんなことに気がついたのは昨夜が初めてだった。多分、こんな見落としはいくらでもあるんだろう。「招き猫の耳はとても赤い」とグッと呑み込んだところで眠りについた。今朝の目覚めは良かった。