現代の資本主義では、「生産の隊列から遅れない競争」と同時に、「消費の隊列から遅れない競争」が行われている。消費であっても、流行を解読して、時流に沿ったものを欲しいと思うように自分を更新し続けなければ、何を消費したらよいのかもわからなり、虚無感に陥るようになっている。非常に洗練された商業広告が、「消費の隊列から落ちこぼれそうな人」に対し、こういう欲望がありますよ、と提示して、何を消費したらよいのかわからない人を「救い出そう」としている。この重厚な「救済」システムの存在は、逆説的に、消費の隊列から離脱することを許可されていないということを意味している。ちょうど、補習や追試などの「救済措置」が手厚ければ手厚いほど、その科目が「必修」であることを逆に物語っているように。
無料ゲームですら、親切にも「デイリーボーナス」のような設計を用いて、「消費を忘れないように」手厚く介護されている。何もない時間に、何もしなかった…。そういう語りは排除され、我々は、競争的な時間で埋め尽くすように訓練されているのである。
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ゆりは (yuriha@misskey-square.net)'s status on Wednesday, 08-Apr-2026 10:38:34 JST
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