オタク側がいつも主張してるのは
「何を不快とみなすかは個々人の感想、主観、お気持ちでしかないので、法的に規制しようとか、法律は作らないけど空気で排除しようとかは辞めよう。」
「真に多様性のある社会というのはお前が快適な社会のことではなく、お互いうっすら不快なことを受け入れる社会のことだよ」
「現実の性犯罪の増加に寄与しているという明確なデータがあるなら社会悪なので規制の意義があるけど、そうでないなら再三言うけどお前のお気持ちでしかないからな!!!」
なんですけど、奴ら「自分が不快だと思った」ことを公には言えないので「社会的に悪であるから浄化しなければいけない」にすり替えてくるんすよ…
ここで取るべきバランスというのは「喧嘩両成敗」ではなく、「実害のない表現の自由は守る」方向に倒すことです