ただ妄想と現実の区別、医療職への適性とは別の能力な気もするし
個人差もある気がするから
「私は」は語れるけど全医療者向けの教育としては
どうあるべきなんじゃろな……
元々
「科学者も人間なので自分の脳の中に
物語を感じる回路自体は存在する」
んだよ。でも
「データをみるときに物語を感じてたらだめ
意志なんぞあることになってたら
研究結果がゆがんでいってしまう
データを正しくみることができなくなってしまう」
わけなので。
単純に「適性のない(単にNBMとして学んでも根っこはEBMに踏み止まれずナラティブに取り込まれる)人は、NBMは知識として知りつつ、自分の中には置いても日常業務では使わず、患者さんとあまり触れ合わないところへ就職」という方法もまあある。
必ずしも、医療者への適性と妄想現実区別能力、両方を兼ね備えた人間のみ医療者にするシステムにせんでもいいだろ……
まずNBMって、ナラティブに寄り添わないと医療にアクセスできない患者さんを診るための「手段にすぎない」って自覚が医療者側に要ると思うんだよな……