いつだったか、赤い紐が結んである五円玉を拾ったことがあって、特に迷いもせずポケットに入れた。落とし主は縁結びのお守りとして持っていたのだろう。あるいは、誰かの思いのこもったいただきものだったのかもしれず、その日、寝床のなかで思い出してあれこれ考え始めたらひどく落ち着かない。脱ぎっぱなしのジーパンのなかから五円玉を救出して月明りのなかで改めて眺めてみた。昭和二十七年の発行でかなり古い。書体だろうか、現行のものとはどこか違っているが、黒ずんでいてよくは分からない。この数字になにか意味があるのかもしれないが、それ以上いくら考えてもせん無いこと。僕は五円玉をテーブルの上に放り出して再び寝床に潜り込んだ。しばらくうとうとしただろうか。誰かがドアを叩く音で目を覚ました。新聞の勧誘かなにかに違いないと無視していたのだが、その音は執拗で諦めない。仕方なく起き出して、覗き穴に目を近づけると父親だった。四十歳になる前に勝手に死んだ男の姿を、不思議とも思わずドアを開けた。いつまで寝てるんだ、と彼は言った。子供の頃に大嫌いだった、横柄で高圧的な声。うるさいな、と反射的にそう答えようとして気づいた。昭和二十七年は父親の生まれた年だ。翌朝も、拾った五円玉は変わらずそこにあった。生きていたら、と指を折りながら、もう僕の方が年上だ。