ペニシリンの匂いがする。錯覚だ。ペニシリンなんてもう使われてないだろ。包帯が誰かに巻かれている。ベッドには拘束具すら無い。なんなら鉄格子さえ窓に無かった。精神科にすらおれは入れられなかった。あれだけうるさかったはずのじいさんがよろけて、よぼよぼして、なんだか元気がない。どうしたんだよ。俺はあんたの夜中中の看護婦を呼ぶ声で眠れなかったのに、今日に限ってそれを辞めちまうのか。俺は何だか苛立ったような気持ちになって、でも、この病特有なのか生来の気持ちによるものなのか分からない気弱さで何も言えずにいた。
友達は最初はまあまあ来てくれたな。俺は嬉しかったけれど、入院はもう3度目だ。就活前の羽伸ばしの時期。流石に来てもらうのも悪かった。就活?就活だって?俺ははたと思う。俺のこの、メチャクチャな、泥粘土を首から塗ったくった、悪趣味な呪いの人形みたいな、この身体が、就労に耐えられるのか?嘘だろう、やめてくれ、やめて
目が覚めて、俺は現実で、気がつくと白昼夢を見ていた。なかなかのスピードで書類を捌いている。あの日、あの日病院で見た俺と、今の俺は、果たして連続だろうか?今の俺は違う誰かだろうか。