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「学ぶ」「知る」を誰から、どんなふうにやるのかで得られる知識が変わってしまうのだからモノによっては差別の再生産にしかならない。
これからドキュメンタリーを作成すると張り切っているある日本人移住者は、「沖縄の歴史を学んでください」などと「本土」の方々へマウントを取り続けている。ある時その方が拡散していたyoutube動画は、再生回数の多い日本人ユーチューバーが琉球・沖縄の歴史を教えるというものだった。
悪意ある動画とは思わないが、加害者である日本人が作る動画では肝心な部分が必ず抜け落ちる。そんな動画をこれまた日本人が拡散する。肝心な点を描かない事も、数多ある動画の中から日本人の動画を選ぶ事も、無意識に自分の加害性から逃げた結果のように思う。無自覚だろうけど、沖縄人を下に見ているから当事者すっ飛ばして日本人「識者」から学ぼうとする人が多いのも日本人の特徴である。
自分が耐えられる程度の事実しか知りたくない伝えたくない日本人だけで琉球・沖縄を「知った」「学んだ」される状況に辟易する。
学びを否定しているわけではないけど、日本人や日本人に「優しい」沖縄人といったお仲間で学んだところで「沖縄好き」を大量生産する仕事しかできないし、その「善意」で差別は一層隠される。いや、大袈裟でなく。