トランス差別の煽動に乗ってしまう層の多くは翻訳が出たところで抗議に対する反発で購入した人こそそれなりにいただろうが、たぶんそのほとんどはろくに読みもしなかっただろう。けれどもその存在がこうして知れ渡ったおかげで、差別的レトリックと誤情報のネタ本として使われているという状況に加えて、〈あの人たち〉が生成されて〈わたしたち〉が〈黙らされている〉というオマケつきになって、翻訳が出た場合と同じか、もしかするとより悪いかもしれない。
もちろんこれは、仕掛けた人の少なくとも一部は、そこまで計算している。今までからそうだしそういうplaybookなので。
本そのものと、それを今から読みたいと〈わざわざ表で言う〉人たちについては、そもそもの前提がおかしいとか、情報源にしているものが間違っているとか、指摘しておきたいことは山とあるけれども、いくら本を読む人でも1冊や2冊トランス差別に対抗するようなものを読んだからといってトランスジェンダー差別煽動の状況と抗議の意味が理解できるものでもないから、そんなにすぐに変わるものでもないだろう。そういう試みが無駄ということではなくて、圧倒的に足りないので。
これはもう繰り返し、人権とか平等とかっていう概念を信じてはいるが、じつはいまいちわかっていないシスセクシズムに浸りきっている人たちが(自分も含めて)、どこでどんなふうに先入観を脱自然化していくのか/きたのか/いけるのかという経路を複数提示していくしかないのだろう。