アーシュラ・K・ル=グウィン『所有せざる人々』読了。
再読。昔読んだときはアナキズムも社会主義も何も知らなかったのですが、少しユートピア思想をかじってから読むとつながりが見えて面白い。平等を望む人々が空想し、実験してきた社会。資本主義の内側ではなく、外の何もない場所にそれを構築したらどうなるか、という問いから二重惑星というサイエンス・フィクション的設定が呼び出される。
多くのユートピア作品が共同体のしくみを主眼に置いて描かれるのに対し、本書はシェヴェックという人の物語を描き出す。ユートピアの住人は何を見るのか、資本主義社会に直面してどう反応するか、何に惹かれ、何を選ぶのか。私たちはアナキストの目で資本主義社会に出会い、揺らぎ、失望し、理解する。
“二百年前のウラスにおいて主流を占める性慣習は「結婚」と「売春」だった……「結婚」とは法律的及び経済的な規定によって認可され拘束される共同体であり、そして、単に「結婚」をより広義に解釈したものと思える「売春」は実利的な性交だった”
“男も女も自由だからです。なにも所有していないからこそ自由なのです”
“きみは本当に、責任もなく自由もなく、選択の機会もない社会に住みたいのか? 法律に服従するか、でなければ服従せずに罰を受けるかどっちかという虚偽の選択権のみがある社会に?”
“いかなる法も、法は専制です。個人の義務とは、法に従わないこと、自己の行動の首唱者たること、責任を負うことです”
“ここの看護人や医師の中には、一日八時間も働いている人がいるのよ!……献身的行為ね。残念ながらそれでは最大限の効果は得られないわ“
“彼らは彼を所有したのだ。彼は彼らと取引きしようとした。アナーキストらしい、非常にうぶな考えだった。個人は国家と取引きはできない。国家が認めるのは権力であって、貨幣ではない”
“現在を持つことはできません、現在とともに過去も未来も受け入れないかぎりはね。過去のみではなく未来も、また、未来のみでなく過去も、です!なぜならその二つは実在するからです。それらの実在性が現在を実在させるのです。あなたがアナレスの実在性を、不滅の実在性を容認しないかぎり、あなたはウラスを得ることはないし、理解することすらできない”