じりじりと照り付ける陽光の下、場にそぐわず行き場を失った亡霊のように道を歩く。
どこに向かうわけでもなく、ただ漠然と気を晴らしたかっただけのはずなのに靴は歩き馴染んだアスファルトを擦り、目線は遠景から、4cmだけ低く、そこにあるはずのない幻影を追っていく。
並んで歩いたり、走っていくあの姿の影を目で追うと声が聞こえたような気がした。
呆然と進む体に身を任せ、日に焼ける脳の沸き立つ音を聞いてると急に冷涼な風が汗を冷やした。
立っていたのは幾度となく通っていた行きつけのカフェ。店内のひとかけらを見ただけで恐ろしいほどに胸騒ぎがする。
入ってしまった手前回れ右するわけにもいかず、店内に流れるクラシックを聴いていると白熱灯を揺蕩う虫のように奥へ奥へと吸い込まれていった。
店内を歩くとかつての記憶が蘇る。
はじめて座った入口近くの席では、彼女は盛大にメロンソーダをこぼし店中が大騒ぎになった。
でも彼女は平気な顔で
『先輩は大丈夫でしたか!』
なんて言ってくる。
通うのに慣れてきた頃に座った壁際の席では、店内に流れるジャズを二人で口ずさみいつか演奏しようと約束しあった。
『うちにはレトロなものが多くって、ちっちゃい頃はファミコンとかで遊んでたんですよ~!』
無邪気な顔が網膜に焼き付いているのが分かる。
カウンター席で彼女は自分のガサツさを、USBに例えて話してきた。
よく日の当たるFIX窓のそばの席では親戚からもらった変な魚の話をしていた。
店の真ん中に配置された少しだけ大きな席ではバンドの計画を練ったりもした。
記憶の中の彼女の顔は光に照らされ、明るく輝いていた気がした。
ゆらゆらと歩いてたどり着いた一番奥の席に彼女の姿はなく、どうしようもない空白があるだけだった。
壁沿いにつけられたくたびれたソファーは反発することなく私の身体を受け止め、深く沈んでいく。
食欲もなく、意味もないのにいつもの手順を繰り返す。
店員もまた手慣れた手つきで注文を受け取りカウンターの奥へと消えていく。
ああ、別れちゃったんだ、私。振られた。
誰もいない対面の席を見てやっと気が付く。空を切った目線の先では磔のキリストがこちらを慈しんでおり、逃れることのできない現実を深く突き付けてくる。
これが私の最後。ふと窓の外を見るひっくり返ったカブトムシの死骸が目に入った。
『カブトムシは幸運の象徴なんですよ!
これまでの努力が実を結び幸運を呼び寄せる昆虫って言われてて―――』
いつの日なのか、嬉々として話す彼女のことを思い出してしまう。
なにが、ダメだったのかな。
努力は身を結ばなかった。
もしかしたら間違った努力をしていたのかな。
最後に言われた言葉を思い出すも、彼女の笑顔ばかりが頭の中を埋め尽くしていく。
どんな服装の、どんな髪型の彼女も、私に一切の闇を見せることはなく、煌々と眩しく映る太陽そのものであった。
5分の祈りのあと、届いた注文に怖気づいてしまう。
いつも二人で食べていたパフェは一人にはとても大きすぎて、やっと鼓膜を揺らした外界の音は夏の終わりを告げるツクツクボウシの鳴き声と篠突くとおり雨だった。
クレジット
@NTSB_waxa :夏の終わり
@NIGO :USB1発で刺さらない現象、百合失恋パフェ
@sin01ren02 :なついろ、カブトムシ
@mituki_120 :出会いと別れ
@yamada_20020924 :贖罪
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