Conversation
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気怠そうというか、投げやりというか。
とても助け船を出すような口ぶりではなかった。
だけど僕は異国の地で久し振りに慣れたリズムが聞けただけでも安心できた。
「い、いえ、それは、はい……」
かなり流暢、というか日本語が母語らしい。キツネのコスプレをした金髪に赤い目の持ち主からは、とても出てくるとは思わなかった。
絡んできた娘を注意した英語は聞き慣れないイントネーションだけど、ネイティブスピーカーに遜色ない。
「人間避けはあるのにな」
彼女は出入り口の方を見た。それがなんなのか僕には分からない。
「なんだか、懐かしい匂いがして」
「子どものころ幽霊とか妖怪が見えてなかった?」
図星だ。今まで誰も信じてくれなかったのに、彼女はそれを聞いた。
答えないでいると彼女はなにか口走った。
BかVから始まる英単語を探したけど分からなかった。たぶん、スラングか何かだ。
「飲める?」
「人並みには」
彼女はバーテンダーを呼んだ。
「イシェトちゃん、サケがあったよね。2つお願い」
そうやって出てきたのはロックグラスに入った日本酒だ。ウイスキーにするように氷が浮いている。
日本酒自体は日本でも有名なものだけど、ここだと物価高も相まって4倍くらいの値段がするから買って飲もうとは思えなかった。
「日本のバーで日本酒なんて頼んだら笑われるけど」
彼女に促されて乾杯を済ませて、それを口に含む。洋梨のようなエステル香が懐かしかった。
「実家、酒蔵なんです」
「そんな気はしてたかな」
彼女も飲む。少しずつ溶ける氷が有機酸の溶解度を動かして、揺らめく炎のように刻一刻と香りが変化する。
長らく実家に帰れていない。色々とゴタついて釘付けにされてしまった。
「香りの記憶は長く残る。私が言えた義理じゃないけど、たまに顔を見せてあげるといいかもね」