”もし、日本で唯一の国語辞典となったこの辞書を編集している人が、語とその意味をほしいままに改変したら、どうなってしまうのだろうか。間違いを指摘するための言葉も、少なくとも辞書の上からは消し去ることができてしまうのである。
「そんな言葉、辞書にないじゃないか。おまえはなにを言いたいんだね?」こう言われてしまえば、反論のしようがない。
これはまだ言語省内の話だ。庁舎の門から一歩踏み出せば、さらにおそろしい現実を目にすることになるだろう。すなわち、この国のあらゆる人や機関が、ほしいままに書き換えられた辞書に基づいて聞き、話し、読み、書き、考え、そして行動することになる。
政治に目を向ければ、もっと陰惨な情景がいやでも眼球に飛びかかってくる。憲法をはじめとして、この国のあらゆる法典や規則は日本語によって書かれている。日本語を変えることさえできれば、最高法規であるはずの憲法など、いくらでもねじ曲げることができるのだ。おそろしいかぎりではあるまいか。”
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