「在日中国人」と一括りに言っても人生の大部分を中国で過ごして日本での生活は長くてもここ10年くらい、という層もいれば何代も日本で過ごして来られた方もいるので見えているものはかなり違うし、「在日中国人」と称する本人たちもその層の広さはそうそう把握できないだろうと思います。今回追悼集会を呼びかけたグループのボリュームゾーンは前者でしょう。この曖昧な言葉を曖昧に用いる限り、溢れる視点がある。
そのため日本社会の把握は不十分なように私も思う。
日本人としてできることとしては、誰がどのように言おうと「国籍やルーツによって強いられる追悼などあるべきでない」という立場を固めて主張すること、報復的ヘイトクライムへの畏れがリアルなものだろうと想像し、あらゆる憎悪言説や暴力に反対すること。このように考えています。