先日の朝日のエモ記事論争でのナラティブ全否定の論調にびっくりして、1990年代のナラトロジーの関係の本を読んでいるのですが、やっぱりナラトロジーの関連分野で行われていた議論やその意義についてまるでなかったかのように扱った議論をしていたと思います。
いまはどうかしりませんが、少なくとも、私たち世代で文学・思想を大学で学んだときに、ナラトロジーに一切触れない、というのはあり得ないと思うのですが、どういうことなのか、と思います。
サイエンスにソーシャルメディアとの接触が集中力を奪うとの記事が載ったようですが、ソーシャルメディアは思考の質そのものを低下させていっている、と思います。