義弟が結婚したらなにもかもあきらめて俺は家畜だ、なんて言ってて「なに言ってんだ」と笑ってました。
けど分かってなかったのは僕の方でした。
僕もなにもかもあきらめるべきでやりたいことができるなんてことは結婚したときにあきらめなきゃいけなかったんです。
笑われるべきなのは自分の方でした。
これが人生の墓場という言葉の意味だったのですね。
個別ではやりたいことができなくはないかもしれませんが、総じて言えばダメなのです。
このやればできるか、大抵はダメかってバランスが本当の問題であり、絶望すべき根源だったんです
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シーク (secseek@warpday.net)'s status on Tuesday, 19-Sep-2023 23:22:47 JST シーク - らりお・ザ・何らかの🈗然㊌ソムリエ repeated this.
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シーク (secseek@warpday.net)'s status on Tuesday, 19-Sep-2023 23:22:54 JST シーク その親戚は車に乗るのが好きで、夢が大きかっただけに現実に直面するのも諦めるのも早かったんですよね。
その点、僕はそんなにやりたいこともなかったからたいして問題を感じていませんでした。
けどないわけじゃないんです。
僕のやりたいことなんてたいしたことなくても、それでも結婚してしまえばできなくなるんです。
どうしてもやろうとするなら根回しと調整と予算どりが必要になるでしょうがそれはもはや「やりたいからやる」という話ではなくなってしまい、まったく違う話になってしまっています。
だいたい体調が悪くてもあまり変な時間には寝ることもできないのです。
以前にも一度気づいたはずなのに忘れていました。
あきらめてしまえば楽になるんですよね